特集:母と娘 ― 重くないお土産
2020.03.29
帰省の折に、母が必ずくれた「重くないお土産」。もう、もらうことはないのか…
「老い」によって変化する母親と娘の関係を、遠距離介護の苦労に絡めてコミカルに描いた作品をwife390号から一部抜粋します。
重くないお土産 マノ ユミコ
「じゃあ、そろそろ帰るね」と言う段になると、母は慌てて土間のカゴから野菜を集め出す。結んだレジ袋を広げて放り込むのは、採れたてのキュウリにトマトにナスに、黄色のマクワウリ。母の畑で採れた、不ぞろいだが新鮮な野菜たちだ。
「本当はカボチャもあっただけんが、採ってくるのを忘れた。トウモロコシは、まあだ若くてダメだった。持ち易いように二つに分けてやるべえな。背負いカゴいっぱい担いで帰れとは言わねえが、おめえでもこのくらいは持てべえ。これだけ店で買ったら大変だぞ」
ずっしり大きな野菜袋が二つ。「イヤイヤ、こんなに無理だから」と、私。「あのねえ、私はこれからバスや新幹線を乗り継いで、宇都宮まで帰るんだよ?東京駅の人混みをお母さんは知らないから、こんなに持たせようとするんだよ。レジ袋にこんなにいっぱい。指がちぎれるよ。こういうのは少しだけがいいの」
欲しい野菜だけ見繕い、きれいな袋に詰め直している私の傍で、母はいつも鷹揚に手提げから財布を取り出す。万札をひらりと一枚抜き出して、「交通費の足しに」とくれるのだ。「私、もういい齢なんだから」と一応断わってみる。「まあまあ、もらっとけよ。重くねえ土産だ」と母。
こんなことを高校卒業後、十八歳で家を出てからというもの、ずっと繰り返してきた。そして愚かにも私は、母が生きている限りこれが続くものだと思っていた。三年ほど前から母は急激に腰が曲がり、体が利かなくなった。家事もおぼつかなくなり、次第に認知の症状が出た。今や家電の使い方すらわからなくなり、畑どころではない。(中略)私は、月に一度、泊りがけで父母の身の回りの世話に通うようになった。(中略)
母は、私が帰るときになると、「畑に出られなくなって、何も持たせるものがねえ。情けねえ」と嘆いた。それでも最初のうちは手提げから財布を取り出し、「交通費の足しに」と一万円をくれるのを忘れなかったが、今年に入ってからは、それもしなくなった。「帰るね」と言っても、「はいはい、ありがとう」とニコニコ笑うだけだ。
いつも野菜をたくさん持たせたがった母を思い出す。今なら指がちぎれそうに重くとも、頑張って二袋全部持ち帰る。一万円を貰ったら、押し頂いて、「いい歳して面目ないけど、実はとっても助かるの。お母さん、ありがとう」と言うのに。私は幸せな娘だった…
と、普通ならここで終わるのだけれども、wifeではちょっと違う(笑)。甘くない、美しくない遠距離介護の現実をユーモアを交えて描いた後半部分(ここがホントに面白い!)は、Wife390号(定価1080円税込)でどうぞ!
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