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#わきまえない女 松井久子さんのメッセージ

森喜朗発言に対して上がった抗議の声 #わきまえない女
この動きに関する、映画監督松井久子さんのメッセージがとてもステキなのでFacebookから転載させていただきました。
古い時代を生き抜いてきたWife読者世代の方々は大いに共感するのではないでしょうか。
我々も少しでも良い世の中になるよう次の世代を応援したいですね😊
#わきまえない女
オリンピック組織委員会会長の「わが組織委の女性理事の方は、皆さんわきまえていらっしゃる」という発言で、いきなり「わきまえない女」がTwitterのトレンド1位になっているらしい。
それを聞いて私など「時代は遅々とながらも、進んでいるんだな」としみじみと思ってしまう。たとえジェンダーギャップ指数が121位と超のつく後進国であっても。
何故なら、私自身ずっと森じいさんのような男たちの蠢く社会で、自分の居場所を得るために、必死に「わきまえている女」たらんと生きてきたから。
実際、若い頃の私は、何処の企業にも組織にも属さなかったので、所謂<業界>で食べていくためには「この女、なかなかわきまえている」と思って貰わなければ、仕事にありつくこともできなかった。
男女共同参画社会はもちろん、まだ雇用機会均等法もない時代、周囲から人並みに扱って貰いたいなら、「わきまえた女」として振舞わねばならなかった。
そして何年も何年もその振舞いを繰り返していると、いつしかそれが体質化してしまい、今も自分の中に深く根を張っていると思うこともある。
また、私の若き日々の仕事場は、芸能界?とか軟派なマスコミ周辺?そしてTV業界…等々で、そこの男たちに「わきまえた女」と認められるためには、同世代のウーマリブやフェミニストの彼女たちとも、遠く無縁の存在でいなければならなかった。
そして50代になって映画監督という肩書きがつけば、今度は「怖い女」と煙たがられ、やっとフェミニストたちのドキュメンタリーを撮れたのは60代も終わる頃。
作品が完成したとき、タイトルに「何を怖れる」という言葉が自然に浮かんだのは、男たちから仲間外れにされることと、リブやフェミニストの女たち、その両方をずっと怖れていたからかもしれない。
今や化石のようになった老政治家が「わきまえた女」と言っただけで、ネットばかりか大手のマスコミ、はては欧米のメディアまでが、こぞって彼を非難する時代になったと思えば、涙が出るほど感慨深い。
それでも、まだまだ日本中の大半の社会が森じいさんと変わらぬメンタリティの男たちに支配されていて、世界の笑いものになっているのも、一方の事実。
Twitterで「私はわきまえない女」と臆さず言える後輩たちに、「大丈夫、時代は進歩しているよ」と言ってあげたい。そして男たちには「あなたが変われば、世界は変わるよ」と。
もう少し、マシな国にしようよ、ニッポン!

 

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