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「永遠のいま」という言葉を聞いた―松井久子さんの想い

Wife393号には、障害を持った人や外国籍の人に対する差別的扱いに関しての報告がありました。いくら声高に「変えて行こう」と叫んでも変らないように見える日本の社会……この社会を若い人たち、いや私たちはどう見ているのか。私たちには何ができるのか。
Wifeにも関わりの深い映画監督松井久子さんのFacebookにとても興味深いレポートがあったので、転載します。読んでみんなで考えてみませんか?
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先週、ある国立女子大学の授業で映画『不思議なクニの憲法』を観て貰い、一週間後の今日は映画の感想とともに学生たちが憲法について語り合う授業に、リモートで参加させてもらった。
16年の5月から重ねてきた小さな上映会も、コロナ禍が始まってからはピタッと止まってしまい、こうして映画を観てもらうのはほんとうに久しぶりのことだったので、これまであまり聞けなかった若い人の感想を聞けるのが楽しみでならなかった。
「憲法が、こんなにも私たちの生活や人生と密接に繋がっているとは思わなかった」
「知識として学んではいても、私たちにとって憲法は、いつも遠いところにあった」という感想はこれまでも若い人たちからよく聞いてきたので、今日は、憲法が遠い「原因」、あるいは「理由」の話になったとき、学生の一人が、
「私たちは、生まれてからずっと、どんな政治的な問題があっても、社会状況に変化があっても『私たちの今は何ひとつ変わらない』という、空虚な感覚があるんです。たとえ総理大臣が女性活躍社会の政策を掲げようと、私たちの今の不平等感は何も変わらないし、国会で集団的自衛権が成立しても、戦争になるほどのことはないだろう、という感覚。
この『何も大きくは動かない、永遠のいま』が、死ぬまでずっと続いていくのではないか…って、先日も友達とそんな話をしていたんですね」と言ったのだった。
彼女の言う「永遠のいま」とは、ニーチェや西田幾多郎が用いた哲学的な言葉とは少し違って「私たちは、未来に対して、大きな希望を抱くこともできなければ、絶望的なことも起きないだろう」という、この社会に生きている日々を語る文脈のなかで使われた言葉だった。
低成長の時代に生まれて、教育のなかでは「中立」を良しとされ、他人と違う自分だけの個性を持つこと禁じられてきた彼女たちの心は、いつの間にか「自分が行動しても政治が変わるわけではない」という、ある種の「諦め」のようなものに支配されているようだった。
そして、そういう彼女たちにとっては「護憲」も「改憲」も「自分たちの日々の生活とは無縁なところで論じられているに過ぎない」もので、それも今の日本の若者たちの正直な気持ちであり、感覚なのだろう。
しかも、私が今日会った学生たちは、大学で政治やジェンダーの問題を自らの興味と意思で選択し、専門的に学んでいる人たちである。
そんな若者たちでさえ「こんないまが永遠に続くのではないか」という閉塞感や無力感にとらわれているのだから、年寄りが「憲法を、もっと自分ごととして考えてよ」などと言っても「もちろん頭ではわかっているけど…」となってしまうのも、無理からぬことかもしれない。
私たちのように高度成長の時代に青春期を過ごし、「自分たちが動けば世の中変わる」と思えた世代がついついムキになって語る言葉が、敬遠されてしまうのも止むを得ないことなのかもしれない。もっと彼女たちの置かれた状況や受けてきた教育について、思いをいたさなければ…と、考えさせられる時間だった。
それでも彼女は、発言の最後に、
「でも、そんな社会の動かなさも、コロナで少し変わったような気もするんです。私たちの『永遠の今』も、やっと終わるのかもしれないと」言って、小さく微笑んでいた。
コロナ禍に見舞われたとき、彼女たちは政府の感染対策の遅れを目の当たりにして、「何でもお任せにしていてはいけないんだ」と感じたり、また「自分自身と向き合う時間もできた」とも言葉少なに吐露してくれていた。
世界中の人びとと同時に向き合うパンデミックの恐怖のなかだからこそ「人生にとってほんとうに大事なことは何かを、考え始めることができた気がする」と言った彼女たちが、このコロナ禍をきっかけになんとか未来に希望を持つ足がかりを見つけてくれたら…と願わずにいられなかった。

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