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特集 母と娘 その1 ―母の教え―

幼い頃たくさんのことを教えてくれた母、たくさんの楽しい思い出の中の母 ――そんな母との関係が「老い」とともに変化していく…
老いる母との関わり方に悩む人、多いと思います。
投稿誌「Wife」377号から、老いていく母を見つめる娘の心情を綴った投稿を一部転載しました。
あなたは母親とどのように関わっていますか?
感想、コメント募集しています。

母の教え  匿名(60歳)
母が重い、とか、母娘問題とか、毒親とか。そんな言葉を知ったころは、自分には無関係だと思っていた。親との関係がよくない人はお気の毒だな、くらいに考えていた。ところが、最近、そういう言葉が自分にもあてはまることに気づいて、愕然としている。
今年88歳の母は実家で一人暮らし。(中略)以前は、両親ともにまあまあ進歩的な考えの人だと思っていた。しかし年を取るにつれ、母の会話の中に「家」とか「跡取り」とかの言葉が増えてきた。(中略)母は「跡取りや家族がいなくて心細い」と嘆く。
いわゆる「長男の嫁」である娘たちは母にとってはもう家族ではないらしい。だから「長男と結婚させたのは間違いだった」と悔やむ言葉を繰り返す。
とはいえ、私たちは両親から「婿養子をとれ」とか「結婚後もこの家に住んで家の名を継げ」などとは全く言われずに育ったのだ。(中略)うちの親には、男尊女卑や家長制度のような古臭い考えがないのだな、と私たちは思っていた。女の子こそ職につながる教育をつけて自立せよ、という方針のもと、姉も私も学業に励み、それなりの資格を取得して、それぞれに結婚した。(中略)
そんな家庭教育を享受してきたので、この期に及んで「娘を家に残さなかったのは失敗だった」と、繰り返し恨み言葉を聞かされても困ってしまう。
母の不満はほかにいくらでもある。「娘を大学までやったのに、結局大したものにならずがっかりだ」。「同年代の人にはひ孫が何人もいるのに、自分の孫は結婚すらできない」。戦争中の苦労もよく語る。「家の手伝いをしなければならず、学校をよく休まされた」。「兄は何もせず、妹の自分が畑仕事などをさせられた」。母は、実家だけでなく嫁ぎ先でも尽くした。祖母は早死にしていたのだが、職人だった祖父には弟子が出入りしていたし、父の妹が3人いた。「男たちや小姑の後でやっとお風呂に入れても、もうお湯などなかったんだから」。「おむつを洗って干すときの、寒くて冷たかったこと」。(中略)戦中戦後の悲惨な暮らしぶりには同情する。とはいえ、不運を恨む母の言葉は、とげとげしくて毒があり、耳をふさぎたくなるほど痛々しい……(残り1216字)
……続きはWife387号(定価1080円税込)でどうぞ!
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